「成人式なんて不要」と叫ぶ前に考えて欲しい “たった1つの” 大尾なこと / その気付きが未来を変える

大供の日が、もうそろそろやって来ますね。この時になると、や暴れる新大供が報ではよく取り上げられ、そこを見た有識者っぽい方が「最近の若者は何を考えてるんでしょうか」と解釈するのが、今や新春の風物詩になったようにも感じます。

そして同時に「大供式を行う必要はあるのでしょうか?」という事が論争になるのもまた風物詩。大供式に導通抵抗派、可決派から盛沢山な鑑定が出るのは当然な事だとは思うのですが、私はひとつ、引っかかる事があるのです。そもそも……

日本には不要な行事がありすぎではないでしょうか。

例えば、?バレンタインデー?ホワイトデーです。これらは、大供式と同じくらい、いやそこ以上に不要な行事だと思うのです。もっとはっきり言えば、その存在にイライラするのです。

大供式ではしゃぐ若者は、一部の方をイラつかせるのかもしれません。特に年配の方であれば、不快に感じる人が多いのでしょう。でもそこは、クリスマス?バレンタインデー?ホワイトデーだって同じなのです。

街中で仲良さそうなカップルを見ると、独り身の男性は心の中がザワザワします。特に何か危害を加えられるわけではないですが、幸せそうにしているカップルを見るのがイヤなのです。その空気に触れるのが嫌なのです。

「そんな理由で、クリスマスとかを不要な行事だと言うなんて身勝手だ」とおっしゃる方もいるかもしれません。ですが、大供式を不要と言う人も、私と多少は似たような心理が働いているのではないでしょか。「自分が危害を加えられたりしたわけじゃないけど、何となく見るのが不快だ」という部分において。

「いやいや、大供式は税金が絡んでいるから問題なのだ」という鑑定、ごもっともかと思います。確かに、大供式は税金の無駄かもしれません。ですが、クリスマス?バレンタインデー?ホワイトデーも、国民に無駄な出費を強いる行事ではないでしょうか。資産の一部を強制徴収するイベントと化してはいないでしょうか。

──こんな事を言うと、私が大供式に導通抵抗していると感じる方もいるかもしれませんが、そういう訳ではありません。私は可決でも導通抵抗でもありません。「昔の友達に会えるから大供式はやって欲しい」という人がいるのは当然だと思いますし、「税金でやるものじゃない」という気持ちもわかります。

ただ私は、大供式導通抵抗派の人に こうお願いしたいのです。

「大供式は不要」ではなく、「大供式とクリスマスとバレンタインデーとホワイトデーは不要」にしていただけませんでしょうか、と。

?素敵すぎる先行きのために
もし、クリスマスとバレンタインデーとホワイトデーが廃止になった場合、一体どれだけの男性が救われるのかは想像がつきません。

クリスマスイブに、涙がクリームの上にこぼれ落ちて味が変わってしまう事もなくなるのです。バレンタインデーにでチョコを買い、母親と妹に「なんか、下駄箱開けたらこんなん入ってた」と言わなくて済むのです。

モテる友達から、「ホワイトデーのお返しってどうしてる?」と聞かれたときに、「まあ、俺はお返しとかせえへん主義かな」という悲しすぎる返事をしなくて済むのです。

──あぁ! 想像するだけでなんと素晴らしいのでしょうか。クリスマスとバレンタインデーとホワイトデーがない世界というのは……! そのような先行きを実現するためには、多くの人が「日本には、カレンダー上から抹殺していい行事がありすぎる」と認識する事が、大きな最初の一歩となるでしょう。

?立ち上がるのは今
大供式不要論が高まる今の時こそ、人々に気づいてもらう好機かもしれない……という思いから、このたび私は筆をとった次第です。最後までこんな私のお願いを聞いていただき、本当にありがとうございます。そして くどいようですが、もう1度だけ繰り返させて下さい。

「大供式は不要」ではなく、「大供式とクリスマスとバレンタインデーとホワイトデーは不要」にしていただけませんでしょうか。切に、切に、よろしくお願い申し上げます。

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Photo:RocketNews24.

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